氷菓”アイスボックス”、”SACRE(サクレ)”品不足 氷菓ベスト5

森永製菓「アイスボックス<グレープフルーツ>」の販売休止 8月1日から、猛暑で供給難しく…

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 連日の猛暑の影響で、森永製菓(東京都港区)が氷菓「アイスボックス<グレープフルーツ>」の販売を8月1日から休止していることが、分かりました。販売が予想を大きく上回って十分な商品供給が難しくなったためで、販売再開は9月中旬ごろを見込んでいます。

 なお、アイスボックスには8月末までの期間限定商品の「濃い果実氷<巨峰>」もあり、こちらは品薄状態ではあるものの販売を継続しているとのことです。

「前年比2桁増」で供給が追い付かず。

「アイスボックス<グレープフルーツ>」(税別価格100円)は、粗く砕いた感じの氷が入った「かち割り氷」タイプの商品。グレープフルーツ果汁や食塩を含み、森永製菓は「熱中症対策にも適した商品」とPRしています。

 広報担当者によると「アイスボックス<グレープフルーツ>」の売り上げは「前年比2桁増」で、品薄状態が続いて全国に満遍なく商品を供給することが難しくなったため、いったん販売を休止。9月中旬の販売再開を目指して、生産計画を増やして対応するとのことです。

 森永製菓では、夏場の期間限定商品として「冷やし甘酒」やキャンディー「inタブレット塩分プラス」を販売していますが、こちらも猛暑の影響で品薄状態となっています。それぞれ「8月末まで」「9月まで」としていた予定期間を待たずに、販売終了となる可能性があるとのことです。

森永製菓「アイスボックス<グレープフルーツ>」の販売休止 8月1日から、猛暑で供給難しく…(オトナンサー) - Yahoo!ニュース

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氷菓「SACRE(サクレ)」レモンなど5種、一時販売中止を発表 猛暑の影響で品薄に

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フタバ食品は8月6日、氷菓「SACRE(サクレ)」について「販売を一時休止」すると発表しました。対象は「サクレ レモン、オレンジ、白桃、あずき、マンゴー」の5種類で、ファンからは早くも復活を待ち望む声が上がっています。

フタバ食品によるとサクレは「異常ともいえる猛暑の影響により、販売が想定を大きく上回ったことから、現在、商品が品薄の状態」になっているとのこと。鋭意製造に努めて来たとする一方、十分な供給が難しい状況になったことから販売を一時休止することを決めたと説明し、「お客様には多大なご迷惑をおかけし誠に申し訳ございません」と陳謝しています。

 なお、サクレレモンに関しては8月下旬ごろの販売再開を見込んでいると言い、他の商品の販売再開については別途案内がある予定です。

(Yahoo!ニュースより)

氷菓「SACRE(サクレ)」レモンなど5種、一時販売中止を発表 猛暑の影響で品薄に(ねとらぼ) - Yahoo!ニュース

 

熱中症対策で、果汁や塩分を含んでいる氷菓が売れているわけですね。

 

ガリガリ君「増産は難しい。従業員の休日をどう確保したらいいか、という状況」

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観測史上最高気温を記録する地域が続出するなか、強い味方がアイス菓子だ。なかでも人気の「ガリガリ君」は出荷量が前年比3~4割増と絶好調だ。同様に猛暑だった2010年には売れすぎて品薄状態になったが、製造元の赤城乳業は「今年は大丈夫」と自信を見せる。ただ、悩みもあるようで…。

 「ガリガリ君」といえば、コンビニに行けば年間を通じて手に入らないことはないといえるほど定番中の定番だ。

 天候不順だった昨年の夏の反動もあって、このところの出荷量は前年同期と比べて3~4割も増えているという。

 ただ、10年夏の猛暑の際には主力の「ガリガリ君ソーダ」の生産が追いつかず、安定供給が困難な状況に直面した。8月3日から品薄状態に悩まされ、ようやく積極的な販売を再開できたのは9月28日のことだった。

 今年も「ガリガリ君」が品切れにならないのか気になるが、同社の埼玉県本庄市にある主力工場「本庄千本さくら『5S』工場」は、15年にアイスバーの製造ラインを1台増やすなど生産態勢の増強を行い、最盛期は1日に約300万個のアイス菓子を生産する日本屈指の工場になった。

 24時間フル稼働で生産しているというので、単純計算で1分間に約2080個のアイス菓子が生産できることになる。

 生産態勢は増強されたが、猛暑が続いた場合、同社が頭を悩ませるのが、人手の問題だ。

 前出の広報担当者は「通常、工場従業員は土日の勤務は行わないが、夏の最盛期は土日の勤務も検討しなければならない」と語る。本社からのスタッフ派遣や増員、シフト調整など多方面から検討しているという。

 ちなみに「ガリガリ君」の楽しみの1つでもある“当たり棒”だが、「夏場に生産量が増えたからといって、当たりの確率に変化が生じることはありません」と広報担当者。

1日に300万個とは、すごい生産量ですね。それでも供給が需要に追い付かない可能性があるというのは、猛暑がそれだけ長く続いているということですね。

氷菓ベスト5

1位 ガリガリ君ソーダ

今回は定番のソーダをピックアップしましたが、時々期間限定で登場するフレーバーなどもありますね。

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2位 ガツン、とみかん

食感が硬すぎなくて食べやすく、入っているみかんのジューシーさも感じられます。

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3位 アイスボックス グレープフルーツ

サイダーなどの炭酸を入れて食べるのがとても美味しくておすすめで、大人の方はお酒を入れて食べる(飲む?)のもおすすめ。

4位 サクレ レモン

レモン(の皮)を食べる派と食べない派がいるようですが、上に乗っているレモンはしっかりと検査を通っていて、皮まで安心して食べられるようになっています。

5位 アイスの実 濃いぶどう

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フルーツ本来のジューシーさを味わえるアイスといえばアイスの実はトップクラスで、果汁80%と濃厚な味を楽しむことができます。

2位、3位が品不足ということは、生産体制にそれほど違いはないでしょうから、その他上位もいずれ時間の問題でなくなる可能性がありますね。今のうちに買って楽しみましょう。

ちなみに、アイス(全体)総選挙の結果は以下の通り。

アイスベスト10位

1位:スーパーカップ(明治)

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2位:ジャイアントコーン チョコナッツ(グリコ)

 

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3位:チョコモナカジャンボ(森永製菓)

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4位:雪見だいふく(ロッテ)

5位:スーパーカップチョコクッキー(明治)

6位:ガリガリ君ソーダ赤城乳業

7位:PARM森永乳業

8位:アイスの実・濃いぶどう(グリコ)

9位:ピノ森永乳業

10位:爽 バニラ(ロッテ)

結構、昔からある定番がランクイン。もし氷菓が売り切れたら、アイスを楽しみましょう。

アイスクリームの歴史

古代のアイスクリームは今のシャーベットのようなもので、お菓子としてではなく疲れた体を元気にする「健康食品」として利用されていました。アラブで、古代ギリシャやローマで、そして中国でも、この甘い氷菓は次第に人々の心を虜(とりこ)にし、王侯貴族や裕福な人たちに嗜好品として愛されるようになっていきます。

ジュリアス・シーザー

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氷雪は、はじめは食品を保存するために利用されました。

やがて雪や氷を冬に貯蔵しておき、夏に食べるようになりましたが、当初は兵の指揮を鼓舞し、肉体を元気づける健康食品として利用されていました。この氷や雪を「健康食品」としてではなく、純粋に嗜好品として求めたのがローマの英雄ジュリアス・シーザー(BC100~44)でした。

彼は若者をアペニン山脈に走らせ、そこから氷や雪を運ばせて、乳や蜜、ワインなどを混ぜて飲んでいたと伝えられています。

ネロ

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暴君で名高いローマの皇帝ネロ(37~68)はアルプスから奴隷に万年雪を運ばせ、バラやスミレの花水、果汁、蜂蜜、樹液などをブレンドして作った氷菓「ドルチェ・ビータ」を愛飲していたと言われています。この「ドルチェ・ビータ」はローマ市民の間にも広がり、裕福な人々はそれぞれの自宅に氷の貯蔵庫を設け、宴会などで楽しんだと伝えられています。

また、ローマの将軍クイントゥス・マキシマス・グルゲオの文献には氷菓の製法が記され、これが最古のアイスクリームのレシピと言われています。中近東、アフリカ、ペルシャに及ぶ大帝国を樹立したアレクサンダー大王(BC356~323)は奴隷たちに山から氷雪を運ばせ、果汁に糖蜜を加えた飲み物を好んだと言われています。

 

『東方見聞録』に、マルコ・ポーロが中国宮廷の氷菓を伝えたと記されています。

アイスクリームがシルクロードを通り、中国からイタリアに伝わったという説があります。それを持ち帰ったのがマルコ・ポーロ(1254~1324)だと言われています。

1295年、マルコ・ポーロは父と叔父との25年間のアジア横断の旅を終え、ベネチアに帰還しますが、ジェノヴァとの間で戦争が起こり、不運にも捕らえられて投獄されます。獄中で口述したのが「東方見聞録」。マルコ・ポーロは北京で乳を凍らせた「ミルクアイス」を味わい、その製法をヨーロッパに持ち帰ったというのです。これはベネチアで評判になり、氷菓の製法は北イタリア全土に広がったと言われています。

イスラム圏の古い物語集成『千夜一夜物語』中にも、アラビアに伝わる冷たい飲み物「シャルバート」が出てきます。

「シャルバータ」はアラブ圏の砂糖を使い、氷や雪で冷やした甘い飲み物です。ところで、古代ヨーロッパ文明の中心は地中海でした。中でもシチリア島は東西文明の十字路で栄華を極めていましたが、9世紀前半から2世紀半にわたり、サラセンに支配され、イスラム文化が定着します。

アラブの「シャルバータ」も伝えられ、その名も「ソルベット」(シャーベットのイタリア語)と変わっていきます。シチリア島では多種多様の果物やナッツを使ったさまざまな香り高い「ソルベット」が作られました。その一つにシチリア名物の「カッサータ」があります。

 

「舎里八」の味に驚嘆したフビライ

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アラビア文化圏の「シャルバータ」がシルクロードを経て中国にもたらされたという元の記録があります。大英帝国を建国したフビライ汗(1215~1294)は、かつて父の病をいやしたイスラムの妙薬を求めます。

それがサマルカンドの「舎里八(しゃりば)」で各種の果汁に砂糖を混ぜ、バラの香りを付けた水、龍涎香(りゅうえんこう、マッコウクジラの腸内に生じる結石を乾燥したもの)などで風味付けし、雪や氷で冷やしたものです。フビライは「舎里八」のあまりのおいしさに驚嘆したと伝えられ、調合した医師サルギスを仕官させ、厚遇したと言われています。「舎里八」は「シャルバータ」の漢字訳です。

日本アイスクリーム協会HPより)

アイスクリーム前史|日本アイスクリーム協会

 

日本で初めてのアイスクリーム店「氷水屋」

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日本で初めてアイスクリームが登場したのは、明治2年のこと。使節団のひとりだった町田房蔵(まちだふさぞう)が、横浜の馬車道通りにアイスクリームのお店「氷水屋」を開店します。原料は牛乳・砂糖・卵黄と、今よりもシンプルなものでしたが、気になるそのお値段は、当時の通貨で2元。現在の価値に換算すると…

約8000円!!!!

小さなガラスの器にひと盛りされたものだったそうですが、かなりの高級商品!そのため、外国人や一部の富裕層にしか売れず、庶民はただ見物するだけだったそうですよ。

 

現在は、スーパー、コンビニ等で気軽にアイスクリームを買える時代です。長くて暑い夏ですが、氷菓・アイスクリームなどを楽しくいただき、夏を満喫しましょう。